北アルプスの雄大な自然に抱かれる信濃大町・木崎湖
 北アルプスの雪解け水を豊かに湛える長野県大町市、仁科三湖の一つ、木崎湖畔に
滞在し、湖と田んぼの繋がる原風景のような水の地で制作を行い、その地に生きる人
との出逢いの中から、原始的な感覚を呼び覚まします。縄文文化の栄えた信濃の地に
おいて、大地とともに生きる人に息づく野生の感覚を受け継ぎ、その大地自体が語り
出すような表現を生み出すことによって、その地に受け入れられる、常設作品を制作
します。その作品たちは、四季を通した風景との親和性をもって、その変化の中で人
々に親しまれ、愛されることで、守られていくような、原始感覚の里を目指します。
 田植えや山菜採り、田んぼの草取り、稲刈りや鴨の解体、きのこ採り、狩りや酒造り
など、農事や四季の豊かな恵みと、まれびと(客人)としてのアーティストが出逢うこ
とで、地域に新たな文化の息吹を吹き込み、自然と人と表現とが結びつくことによって
しか生まれえない、真の豊かさをもった地域の新しい文化を、誕生させます。
 地方と呼ばれる地の方へ、地の方へと耳を澄ましていくことで生まれる、大地を流れ
る風や水に呼び出されるようにして生まれる身体のふるまいとしての言語、大地の方言
としての表現を受け継ぎ続けることによって生まれる生の躍動。祭をあらたにしていく
ことの、生の継承と再生の試みです。
信濃の国 原始感覚美術祭
 探検家・食生態学者の西丸震哉の記念館を中心に、木崎湖畔で、無農薬のお米作りを
行う農家の心意気に惹かれて集まった仲間たちが、大地とともに生きる「生活における
花」としての祭を作り上げてきました。原始感覚をキーワードに、ジャンルを越えた表
現者を招聘し、木崎湖畔で滞在制作を行うことで、その土地に生きる人と出逢いその地
でしか生まれえない作品制作と、公演・ワークショップを行います。
 2010年に「湖畔の原始感覚美術展」、2011年「原始感覚美術祭-Prayer in a lake」、
2012年「原始感覚美術祭2012-Memory of a silent sea」、2013年「信濃の国 原始感
覚美術祭-水のまれびと」を開催し、長野県知事表彰と元気づくり大賞を受賞。2014年
「信濃の国 原始感覚美術祭-水のうたがき」を開催しました。
 美術祭サポーター「湖畔隊」、参加作家、地元実行委員が一丸となって祭をつくり
だすことで、社会の枠組みから少しだけはみ出してしまうような弱者を受容し、大自
然や農業など、命とふれあう経験を通じた創造の現場を共にすることで、集った者た
ちが一緒に成長を遂げていくことができるような豊穣な場が生まれています。

歩きながら考える—あるいは「原始感覚」についての覚書

                             奥脇嵩大(アートコーディネーター)
 毎年夏、長野で開催される芸術祭がある。その名も「原始感覚美術祭」。この響き
に不思議な力強さをもつ芸術祭は2010年から開始され、徐々に規模を大きくしながら
今年も開催された。2013年は「水のまれびと」をテーマに、アーティストと芸術祭に
訪れる人とを、共同体に変化をもたらす存在「客人(マレビト)」に見立て、マレビ
トの「新鮮な感性と、大地に生きる人の宿す原始的なものの気配が出会うことでしか
生まれえない表現i」を展覧する芸術祭として展開された。美術家はもちろん音楽家
や小説家、舞踏家、脳科学者に探検家と、多彩な分野におけるアーティストが集うこ
の芸術祭はジャンル横断的で、扱われる作品もアウトサイダー・アートを含めた現代
美術作品から縄文の遺物のような博物資料に至るまで多彩である。訪れる人もその関
心に合わせて芸術祭を楽しむことができる。この混沌と野性味を帯びた芸術祭に参加
するアーティスト同士や、それらを見に来る観客をつなぐキーワードが「原始感覚」
である。
 そもそも「原始感覚」とは何だろうか。提唱者である探検家・食生態学者の西丸震
哉氏(1923−2012)は人の内に「確かに在る」感覚として形容する。私はこの「確かに
在る」という実感のもと共有される「原始感覚」とは何なのか、最初は好奇心で、一
度訪れてからは木崎湖という土地とそこでひらかれる表現にすっかり魅了されて、20
10年の初年度から芸術祭を見に長野に通っている。仮に原始感覚がその名の通り「原
始」の「感覚」を示すものならば、そうした感覚の下に立ち現れる表現はどのような
人の意識下でも共有し得る回路のようなもの、個人と世界を結ぶ「元型」であるとも
いえるだろう。元型としての「原始感覚」の下に展開される芸術祭が現代のアートや
表現といった領域とどのように関わり、その可能性を拡張しているのか。本稿は私に
とっての「原始感覚美術祭」という芸術祭のあり方について、「縄文」「食」「身体」
というキーワードを手がかりに考察を加えることを目的にまとめられた覚書である。
 原始感覚美術祭は2010年、西丸震哉記念館を主な展示施設とした、湖の周りで展開
される野外展示を含めた美術展「湖畔の原始感覚美術展」としてスタートしている。
当初から芸術祭は、長野という土地に根づく「縄文」の記憶を引き継ぐことが大きな
テーマの一つとなり、展開されていたように思う。美術祭アートディレクターにして、
出品作家でもある杉原信幸氏の竪穴式住居のような《墓家》(2010〜)や、鈴木寅二
啓之による描かれて地中に埋められ、掘り出すという独特の手法の下につくられる土
中絵画《八百万讃歌》(2010)、西丸震哉記念館前で行われた発掘体験ワークショッ
プなどはその最たるものだろう。2年目の「原始感覚美術祭 -Prayer in a lake-」に
出品された舘友希江によるヒスイの加工跡の出土した一津遺跡のリサーチ展示(2011)
などもその一例である。縄文の遺跡が多く残る木崎湖畔において、土地と人とのつな
がりを想起させるメディア(=媒介)・アートとして、最初から縄文の要素が深く関
わることになったのは必然といえるだろう。
 原始感覚美術祭を読み解くキーワードとしてもう一つ、「食」の要素が挙げられる。
「食」は様々な土地で行われる芸術祭を楽しむ上での重要な要素の一つだが、原始感
覚美術祭の場合には、「食」という経験と「原始感覚」という概念が底の部分で結び
つき、テーマの一つとなっている点で、大きく異なっている。食生態学者として西丸
氏は、1960年代には既に現代の食生活、食料事情や健康問題について警鐘を鳴らして
おり、その思想が基になっていることもあるだろうが、何より指摘され得るのは、芸
術祭が木崎湖畔で有機農法を行い、米作りを行う農家の人を始めとした、木崎湖畔の
住人の手で運営されている点にあるように思う。2013年には「命をいただく・鴨の会」
として、無農薬合鴨農法で米作りを行う農家の人とともに、鴨に感謝を込めて、その
解体を体験する機会を芸術祭のプログラムに入れるまでである。土地に根付き、暮ら
す人々の実感やそこで取れる食べ物の要素が入ることで、芸術祭はアートかそうでな
いか、という領域を飛び越えて、関わる人が生の感覚を取り戻すことにつながる経験
ともなるだろう。
 最後に指摘されるのは、芸術祭に関わる人の「身体性」だろう。原始感覚美術祭に
参加するアーティストの作品制作の特徴として、共通の要素の一つとして、身体動作
を基本とした「反復」が挙げられる。原始感覚美術祭においては、初年度から反復す
る動作や、手の跡を残しながら行われるアーティストの作品は数多い。代表的な所で
は淺井裕介による作品群に連続する植物、動物文様が反復して用いられ、佐藤香のう
ずまきをモチーフにした作品には随所に作家自身の身体を用いた渦巻状のストローク
の痕跡が残る。公募作家のアンドレア・ハックルのダンスには水をすくい、土をなぜ
る反復的な動作が基本となっている。何より反復として連想されるのは、田んぼに稲
を植える行為である。田植えのリズムは、原始感覚美術祭における通奏低音のようだ。
参加者にとっては木崎湖畔の周囲を自転車に乗り、あるいは歩くことを通じてその自
然と作品を経験することは、全身の感覚を更新してくれる。「縄文」「食」「身体性」。
これらのキーワードを通して見えてくるものがある。それは、「日常と表現との融和」、
ということになるのではないだろうか。日常と表現活動との関わりをもとにまず連想
されるのは、1960年代のミニマル・アートである[ii]。単純な形や色彩とその反復を
メインにつくられる作品群を通して見えてくるのは、アートの至上性や純粋性だが、
その反動として、作品に日常性を意識させ、画廊や美術館外に展開、公共空間内にお
ける作品を成立させるに至る側面がある。ここで指摘し得るのは、ミニマル・アート
にはその形態が単純であることにおいて、逆説的に作品の作り手の身体をより鮮明に
浮き彫りにする、という側面があることだろう。ミニマル・アートが後の展開の一つ
として、ランドアートのような野外芸術を志向したことを鑑みると、原始感覚美術祭
は、ミニマル・アートの流れを引き継ぐとともに、「食」やアーティスト、訪れる人
の「身体」を能動的に組み入れることにより、日常の暮らしと表現を行うことがゆる
やかに連続した、新しい公共空間をつくろうとする運動といえるのではないだろうか。
 この公共空間の核となるのが、「原始感覚」なのである。木崎湖畔の自然とそこに
生きる人間を含めた生き物の身体を、「原始感覚」がつなぎ、彼らの生の多様性を引
き受ける。そうした意味で「原始感覚」とは少なくとも私にとっては「人の内に確か
に在る感覚」というよりも、土地と人との間で、その都度に発生する「回路」や「関
係性」のような概念である。自然はいつだって自然であり、人はいつだって人である。
大事なことは原始の時代に憧れを抱くことではなく、その時代時代で人と自然がどの
ような関係をつくって来たかを把握し、今・ここに生きる私たちが自然とどのように
向き合うかということだ[iii]。いずれにしても、土地に累積する歴史を縦糸に、そ
の時その場所に関わる人々の営む日常を横糸に紡がれる「原始感覚」を核にした公共
空間をつくることは、新しい表現を獲得する可能性を模索する行為につながるように
思う[iv]。今後「原始感覚」は土地と、そこに関わる人々の日常をどのように結び、
どのような人の表現をひらいていくのだろうか。今後の展開に期待したい。
[i]『信濃の国 原始感覚美術祭2013 —水のまれびと』リーフレット
[ii] 日常性とミニマル・アートの関係については、『contact gonzo magazine 001』(2009)
における住友文彦氏による論考でも指摘される。
[iii] そうした意味で「原始感覚」は都市に暮らす現代人にだって捉えることができる。現代
人にとっての自然ともいえる、都市とも原始感覚をもとに交感することが可能かもしれない。
[iv]アウトサイダー・アートや従来の美術史の文脈ではカバーしきれなかったアーティストた
ちの作品をも紹介したつい最近の国際展として「第55回ヴェネチア・ビエンナーレ」(2013)の
公式企画展「エンサイクロペディック・パレス」がある。アーティストたちの多様なイメージを
通して、私たちが世界をどう捉えるかを問う本企画展は、ユングの《赤の書》(1914—30)、カイ
ヨワの石のコレクションなどを含めた展示のなされた空間では、自らの生み出すイメージに対する
姿勢、という意味でプロとアマの境界は限りなく拡張されている。そこに見出し得る差異は、制作
の時間が仕事として一日の内の大部分を占めるのか、あるいは余暇に行うのか、といった程度の
意味でしかないように思える。
(写真 本郷毅史、舘友希江、山本晃司、中山慶)
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